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イベント Archive

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お知らせ

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2011-02-16 Wed 14:47:23
  • イベント
フェルニッチで出演したエフエム尼崎「8時だヨ!神さま仏さま」
の収録データがpodcastで公開されました。 

http://www.voiceblog.jp/hachiji-aiai/

イベントのお知らせ

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2010-11-03 Wed 22:24:43
  • イベント
聖地連載をおこなっているメンバーのユニット
「フェルニッチ」がイベントに出演します。

花と果実舎11月 『フェルニッチ流 聖地入門』
http://hanatokajitsusha.blog135.fc2.com/blog-category-1.html

聖地を「書く」ではなく、「話す」という無謀な試み、どうなることやら・・・

生死一致空間(主水書房 「桜一色」展)

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2008-04-03 Thu 21:25:01
  • イベント
大阪 堺市 主水書房
片桐功敦 「揺れる 桜一色」記念花展

長所でもあるのだけど、大阪ピープルのユルーイ雰囲気や
緊張感のなさにうんざりすることが多い中にあって、
片桐氏の「ギリギリ・キワキワを進み続けよう」とする姿勢にはいつも刺激を受ける。
いつの間にか自分もユルユルの海に沈みつつあることを気づかせてくれる。


メイン


生死一致空間

今年も主水書房から案内状が届いた。

2006年の奇跡的な個展『桜5体』や『Still life』のあとで
片桐功敦がいったいどんな「桜」を活けるのか

たまらなく興味があったし同時に少し怖くて見たくない気もしていた。
(もちろん見に行くのだけど)

だって最高傑作らしきものを提示した後に
クオリティもテンションも落とさずに創作し続けられる人間なんて
そういない。

しかし、杞憂であった。
展示は素晴らしかった。想定外の素晴らしさだった。

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『桜5体』とは対極的なアプローチだった。
『桜5体』はもちろん片桐氏でなくてはなし得なかった作品ではあるが、
その前提にあの桜との幸運な出会いが必要だった。

本人も語っていたが、あれが最高の魚をどう捌いて刺身にするか、
という類の技であったのに対して、今回は彼が持つあらゆる
スキルやノウハウを尽くして創りあげた創作料理だった。

しかし扱われているテーマに違いはなかった。

それは僕なりの解釈で表現すると
「死にゆくことと生きることが重なり合った空間から発せられる
生命の刹那的な美しさ」
のようなものである。

桜の花の寿命は短い。活けられた桜ならなおさらだ。
刻一刻と死に向かっている。
しかし同時に、桜は一瞬一瞬、己の生命をまっとうしている。

片桐氏は桜の生命ポテンシャルを全開に輝かせると同時に
然るべきかたちで終わらせる(看取る)という、
まるで天使と死神のような相反する所業を
同一の時空間でやりとげてしまう。

だから彼の作品は刻一刻と死へ向かうプレ死体のようであるのと同時に
刻一刻と生まれてくる新たな生命の息吹のようにも見えるのだ。

ラスト

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しかし考えてみるまでもなく、それは私たち人間を含めた
あらゆる生命の当たり前の様相である。

生きているということは刻一刻と死へ向かっていく、
死んでいくことだ。
逆に言うと、死んでいくということが生きることなのだ。

「生きる」と「死ぬ」は対立概念かもしれないが、
「生きていく」と「死んでいく」は同義概念と言ってもいいかもしれない。

どちらに光を当てるかの違いだといえなくもないが、
それよりは互いが互いを支えあう相補概念といった方が
近いのではないか。
両者が等価であり、表裏一体であるという認識のもとだけに
生命は刹那その真相を覗かせるのではないか。

だから僕たちの目を、時には魂を奪うような生命の美しさとは、
そうした生と死が重なり合った空間からのみ放出される。

僕たちは普段、特別な状況を除いて「死」を意識の外へ
追いやって生きている。

頭で「いつかは死ぬ」ということは理解していても
「一応いまは死なない」という前提で日々を送っている。

そういう意識のあり方が、本来重なり合っているべき
生死を分離させてしまっているとしたら

分離された生命からため息がでるような美しさが
放出されることはない。
それが現代の僕たちの姿なのではないか。

だから片桐氏のように引き離された生死を手繰り寄せ
一つの空間に重ね合わせることができるシャーマニックな存在は
現代において極めて貴重なのだと思う。

『桜5体』の記録をまとめた主水書房の新刊書『見送り/言葉』
の「帰心」というタイトルの文章の最後に

花は咲くことをあやまらない
   散るときをあやまらない

というフレーズがあった。

これを読んで
『今日は死ぬにはもってこいの日』という
プロブロ・インディアンの「口承詩」を書き留めた
本のタイトルを思い出した。

内は外、外は内。(ニュージオメトリーの建築展)

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2006-09-04 Mon 22:12:50
  • イベント
大阪市 KPOキリンプラザ
遠藤秀平 藤本荘介

「ニュージオメトリーの建築展」
2006年7月15日-9月3日

・オシムジャパンは現時点では悪くなかったと思う。
 早速批判してるメディアは代案を出せ!
・今回は文体を変えてみました、なんとなく気分で・・・


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内は外、外は内

例えば、住宅には「内と外」がある。
普段、家の中と外を区別しているように。

そして家の中には部屋があり、
部屋にも内と外がある。

その境界は、壁やドアや天井、床などによって
明確に仕切られている。普段はそう思っている。

この疑いようもない当たり前のことは、
実はそれほど絶対的なことではなくて
常に覆る可能性を秘めている。

例えば日本の伝統的な家屋の縁側や土間等は
「内とも外ともとれるような中間的領域である」などと
よく言われるように。

しかし、この建築展でインスタレーションを行った
現在注目を集めている二人の若手建築家は、
もっと根本的なところから建築空間を幾何学のレベルで
組み立てなおし、新しい可能性を追求している、らしい。

例えば、一枚の鉄板をグニャグニャに折り曲げることで
連続した面が床にも壁にも天井にも変化する・・・とか
例えば、建築と家具の境界を曖昧にする・・・などなど

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今回の展示で興味深かった藤本氏の「Kハウス」には
明確に区切られた「部屋」というものがない。

本人は「洞窟のような」とか「小さなジャングルのような家」
と表現しているが、個人的には人間の体内構造を
思い出してしまった。

忘れがちだが、人間は口から肛門まで繋がった空洞(腔)を
身体の中心に持っている(=身体とは穴の開いた筒である)
途中で「喉」や「胃」や「腸」となどと名づけられている
小部屋のような空間が続いているが、考えようによっては
それらは外と繋がった一本の空洞である。
つまり、人間は身体の内側に外側を抱えているのだ

同様に「Kハウス」にも複数の出入り口があり、
その間を迷路のように空間がボリュームを変化させながら連続していて
部屋らしきものを生み出しているがその境界はきわめて曖昧である。

そこで発見できるのは、明確に仕切られていなくても
どこだって部屋になり得るということ、あるいは
部屋などという既成概念を捨てればどこでも
生活空間としての可能性は広がっていく、ということだ。

そしてすべての空間は出入り口とつながっているから
すべては「内」でもあり「外」でもある、ということになる。

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この不思議な「内と外」の可変(反転)関係は
次の時代の新しいパラダイムのベースになるんじゃないか、
と以前から個人的には思ってきた。

キーになるのは、物理的な空間の「内-外」だけじゃなく、
人間の精神や心理的な面も含めての「内-外」関係だ。
(というか物理空間の「内-外」関係には心理的な要素が
大きく関係しているのだけれど)

例えば、ある心理学の考え方では
「わたし」という心の在り処は、身体の内側(脳や胸のうち)
だけではなく、外の環境にまで広がって存在する、とか

例えば、宗教儀式などのトランス(陶酔現象)では
自己と世界を認識する知覚のレベル(閾)が変化する、とか

こうした認識レベルの「内-外」関係は、きっと
物理的な空間の「内-外」関係とどこかで深くリンクしている、はず。
だから両面から考えないと本当の可能性は見えてこない。
そんな風に感じている(でも難しすぎて泣きそうになる)

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多分僕たちは思っている以上に輪郭や境界が不明確で
曖昧なわけのわからない存在なのだろう。

そしてこの可変的(揺らいでいる)ということが
無限の自由と自己中心感喪失の限りない不安という
まさに天国と地獄の背中合わせ状態を作り出す。

どっちがいいか、ではなく、どっちもな時代なのだ、これからは。

だから複雑なことが徹底して嫌われる風潮に合わせて
一方だけしか語らない人はあんまり信用しない方がいい
と思う今日この頃である・・・(関係ないか)

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闇に浮かぶ、三百年の踊り(十津川)

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2006-08-21 Mon 22:45:06
  • イベント
奈良県 十津川村 武蔵
盆踊り

もう夏も終わりですねー
もちろん熱い日はまだまだ続くのでしょうが
太陽の光が、もう秋めいてきましたよ


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闇に浮かぶ、三百年の踊り

今年のお盆は1年ぶりに十津川村を訪れることができました。

目的は、中世の空也や一遍上人の踊り念仏とも縁が深いといわれ、
三百年以上も踊り継がれてきた「盆踊り」です。

大阪市からクルマで4時間以上もかけて奈良県南端の山間にある
小さな村まで行って、なぜ「盆踊り」なのか?

それはなんというか、馴染みのある「東京音頭」のような踊りとは
まったく異なる、とんでもない「盆踊り」なのです。

舞扇を2枚手に持ち、まるで「舞い」のように上下左右に
回転させながら、同時にステップを踏み旋回するという
初心者には過酷で複雑怪奇なダンスなのです。

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縁があって僕は今回で3回目の体験なのですが、
見よう見まねでまだほとんど踊ることができません。

でも面白いのです。

舞踊などをやっている方にはそうでもなのかもしれませんが、
普通に都会で生活する僕たちにとってはまずあり得ない
身体の動きや所作が強要されます。

でも偶然的にパーツ単位で「踊れた!」と思ったときは
すっごく気持ちいいのです。

ロックにでもレゲエでもハウスでも雅楽でも体験できない
その独特のノリ感覚みたいなものに身体が戸惑いながらも
歓んでいる感じです。

そして生まれてから見たことも聞いたこともないはずなのに
どこか懐かしく、次第に「本来感覚」が湧き上がってきます。

「本来感覚」というのは僕が勝手につくった言葉で、
ある空間を体験したり、特別な場で過ごした時に、
「ああ自分は本来こんな風にある存在なんだ」
「自分はあるべき姿としてここにいる」
「ひとつの生命体として自然なあり方に戻っていく」・・・
というような全身体的な存在感覚を意味します。

本来感覚に満たされていくと、本当に幸せな気分になります。
特別なことがなくてもただそこに居るだけで、
本来の命をまっとうしているような気持ちがするのです。

だから十津川の盆踊りも、うまく踊れなくてもその場に
いるだけでも十分幸福な気分を味わうことができます。
(もちろん踊れるともっと楽しいのですけどね・・・)

また現代の都会では感じられなくなってしまいましたが、
盆踊りには元来、精霊や祖霊を供養し慰めるという
「供養踊り」という宗教的側面がありました。

十津川の盆踊りでは、クライマックスの「大踊り」において
そのエッセンスが失われることなく息づいている気がします。

急に踊りのテンポが変ったかと思うと、威勢のよい掛け声とともに
燈籠をつけた篠竹を持ってやぐらの周りを激しく走り回る男衆と
舞い踊りながら煽り立てる女衆・・・


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近年では深夜過ぎにお開きとなってしまいますが、
以前は徹夜で踊り明かしたようです。

おそらくそんなに遠くない最近まで、
人々は集団的な半トランス状態に入ったまま、
精霊や祖霊たちと一緒に踊り続けたのだと思います。

それはきっと都市や国家が生まれる以前、
部族社会や集落共同体が何万年と
続けてきた行為と繋がっているのでしょうね。

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追記
今年は偶然、NHKの番組取材が入っていました。
ヤラセ体質を一向に改める気配のないNHKなので
構成内容が不安なのですが、踊りがどんな感じなのかは
映像で見ていただけるとよくわかる思います。
興味ある方はご覧になってみてください。
(多分NHK総合でも再放送があると思います)

日本の祭2006夏
「秘境が紡ぐ盆踊り」(仮)~奈良・十津川村~
8月30日(水)BShi・後10・00~11・30
9月3日(日)BS2・後4・30~6・00

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