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村野藤吾が遺したもの(綿業会館)

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2006-07-06 Thu 20:43:18
  • 建築
大阪市 日本綿業倶楽部
綿業会館

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村野藤吾が遺したもの

昭和6年に竣工したこの綿業会館は、
当時の(多分)花形産業であった日本綿業の進歩発展を
はかるために、日本綿業倶楽部の建物として開館しました。

内部は良質な素材を存分に用いた重厚絢爛な造りで、ルネサンス期の
ジャコビアン・スタイルやクイーン・アン・スタイルなど、
各国の様式が空間ごとに披露されていています。

世界中からの客人に好みで選んでもらえるようにとの
意図があったようですが、それでも「金持ちサロンの成金趣味か?」
と一瞬疑いかけましたのも事実です・・・。

でも実際に空間に足を踏み入れ佇んでいると
「いいものはいい」と、75年経ったいまでも
素直にその魅力を認めないわけにはいきませんでしたし、
海外様式を安易に輸入したような軽薄さはまったく
感じられませんでした。

時代で言えばちょうど1930年代。
近代化へ向けて驀進中の日本にあっても
特に隆盛を誇った商都大阪の代表的な
都市モダニズム建築のひとつでもあります。

しかし、この時期の近代建築を体験すると
いつも不思議な感覚に捉われます。

それは、現代(いま)と近代の繋がりが途切れているような
両者の間にふかーい溝があるような感覚です。

近代をベースにしていま(現代)があるような感じがしない。

例えば、日本の近代建築は、西洋様式を強制的に
移植したと言ってもよいぐらい唐突に変化したはずですが、
それでもそれ以前との繋がりや日本人の建築としての
精神性のようなものは感じることはできます。

むしろ欧米化一辺倒の傾向が相対化されているはずの
現代の方が、過去との繋がりが断ち切られているように感じられるし、
たとえ伝統的な和の様式が採用されていても
ある種のしらじらしさというか、自然体でない感じがするのは
なぜなのでしょう?

そこで思い出されるのが、
前の記事で取り上げた「CHIKAKU展」での
キュレーター(伊藤氏)の独自の洞察です。

前回は、「CHIKAKU展では日本人の特殊な知覚構造に
焦点が当てられている」とだけ書きましたが、
その特殊な知覚構造とは、実は急速な近代化によって
日本人の知覚が二重構造化したことである、
と伊藤氏は指摘しています。

つまり、目まぐるしく変化していく近代化という「速度」と、
すぐには変われない身体性や土着性という「遅延」の二重性。

この相反する要素を同時に生きなければならない
日本人の特殊状況が知覚の特殊性(二重構造)を
生んできたという指摘なのです。

その考えに立ってみると、この「綿業会館」は、
まだ「遅延」の方に属しているように思えてきます。

分裂状態や二重構造にいる不安や揺らぎが
感じられないのですね。

まだ近代化の弊害(分裂))が現われる時期では
なかったのかもしれません。

でも、それだけでしょうか?

僕にはこれを設計した「村野藤吾」という建築家に
この二重性や分裂を乗り越えるような何かが
備わっていたように思えるのです。


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1891年生まれの村野藤吾は1984年に亡くなる日の
前日まで意欲的に仕事をしていたことで有名で、
近代から現代までを駆け抜けた人です。

もちろんすべてを見たわけではありませんが、各時代の
彼の作品の数々からは、さまざまな様式がスタイルが
自在に(見方を変えれば節操なく)取り入れられながらも
日本建築としての精神的な連続性がなぜか感じられるのです。

スタイルや様式を超えて、です。
村野藤吾と彼の残した作品の中に、
日本の現代が過去と繋がるための何か、
断絶や二重性を乗り越える可能性が
まだ眠っているような気がするのです。

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