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時を越える、ガウディの思い(サグラダ・ファミリア)

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2006-08-10 Thu 18:08:16
  • 建築
スペイン バルセロナ
サグラダ・ファミリア

オシムジャパン初戦は可能性が感じられる展開でワクワクできた。
こうしてみるとジーコジャパンのCBがなぜ宮本だったのか、FWがなぜ
高原や柳沢だったのか、いまだに悔やまれる・・・


20060810174519.jpg


時を越える、ガウディの思い

最寄の地下鉄駅から地上に出ると、見たこともないような
異様ともいえるその姿が目に入ってきました。

ガウディの死後80年が経った今も完成することなく
日々建設作業が続けられているサグラダ・ファミリア。

写真やテレビなどで何度も見たはずでしたが、
実物を目の当たりにすると「こんなもの見たことない」
と思いました。

まるで、魔法使いが怪獣を操り、泥粘土をびよーんと
引きのばしてできた巨大なおもちゃのお城ようだ
と思いました。

想像していたよりも縦に長いプロポーションが
外観の印象から現実感を打ち消していたのです。

20060810174716.jpg


塔を昇るエレベーター待ちの時には、
栄光の門を飾る豊穣とも過剰ともいえる
彫刻・造形物の群れをポカンと呆れながら
首が攣りそうになるまで眺めていました。

20060810174639.jpg


その時僕はただただ圧倒されながら、
良いとか悪いという感情よりも、
「なぜひとりの人間がこんなとんでもないものを
造ろうと思えるのか、造り続けたのか」
不思議に思いました。

ご存知の通り、この教会はまだ完成していませんし、
完成がいつになるかもわかりません。

ガウディは当然自分が生きている間に完成させることが
できないことを知っていました。

正直、最初はこれはガウディがやりたい放題にやった
狂気紙一重の妄想的産物だと思いました。

20060810174538.jpg

しかし一方でいち個人のエゴの表現物であるには
あまりにもスケールが大きすぎるし、細部への追求の仕方も
尋常ではないとも思いました。

そしてその時は、「宗教心」が原動力になっていたのだろうと
それ以上深く考えずに止めていました。

近代までの歴史上の巨大な建造物や破天荒な構造物は、
全てといっていいほど、天や神(王)に関わる宗教的感情
や思いが原動力になって造られていたからです。

人間は超越的なものへ向かうのでなければ、それほど
とんでもないものをつくる生き物ではないはずですから。

20060810174705.jpg

先にカーサバトリョやコロニアグエルに魂を鷲掴みにされていた僕は、
建設中で内部の空間が完成形ではまだ体験できないこともあって、
外観や彫刻群が放つ異様なイメージをもったまま、判断停止していたのです。

20060810180232.jpg


そして最近、この教会の専任彫刻家として活躍中の
外尾悦郎さんが書かれた『ガウディの伝言』という本を
読んではじめて、ガウディがサグラダ・ファミリアへ込めた
思いや全体構想の概要を知りました。

高熱でダウン中であった影響かもしれませんが、
なぜか読んでいて涙がとまりませんでした。

ガウディは人間がつくりうる最高のものを神に捧げようと
したのと同時に、本当に人間を幸せにするものをつくろうと
していたことを知りました。

サグラダファミリアは単なる建築物ではなく、
バルセロナ全体をも照らす光の立体十字であり、
街中に歓びの音を響かせる巨大な楽器としても機能する
総合芸術装置として構想されたらしいのです。

20060810174610.jpg 

例えば、観光ルートにもなっている高さ100メートル超の
十二使徒の塔は、人間が入るためのものでなく「鐘楼」として、
誕生の門は84本の鐘が吊るされて「巨大なピアノ」に、
受難の門は「パイプオルガン」になるように考えられていました。

20060810174728.jpg


また、過剰ともいえる彫刻群も、生命世界の森羅万象を表し、
「聖書」のメッセージを伝える万人へ向けた石のメディアとして
ひとつひとつ意味が込められていたのですね。

20060810174924.jpg


ガウディは40年以上もの歳月をこの壮大かつ緻密な
プランの実現に全エネルギーと愛情を注ぎました。

晩年は財産もすべてつぎ込み、教会で寝泊りし、
電車事故でなくなった時には浮浪者と間違われるほどの
みすぼらしい身なりだったそうです。

人間がこれほどの思いでひとつの仕事にすべてを託せること、
そしてその思いの強さが彼の死と数々の困難を越えて
今も完成に向かって歩みを止めていないこと。

その事実に、胸がつまる思いがするのです。

ぜひ完成するまで長生きして、ガウディの思いが成就した
その姿を見てみたいと思います。

20060810180207.jpg

20060810180220.jpg


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