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内は外、外は内。(ニュージオメトリーの建築展)

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2006-09-04 Mon 22:12:50
  • イベント
大阪市 KPOキリンプラザ
遠藤秀平 藤本荘介

「ニュージオメトリーの建築展」
2006年7月15日-9月3日

・オシムジャパンは現時点では悪くなかったと思う。
 早速批判してるメディアは代案を出せ!
・今回は文体を変えてみました、なんとなく気分で・・・


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内は外、外は内

例えば、住宅には「内と外」がある。
普段、家の中と外を区別しているように。

そして家の中には部屋があり、
部屋にも内と外がある。

その境界は、壁やドアや天井、床などによって
明確に仕切られている。普段はそう思っている。

この疑いようもない当たり前のことは、
実はそれほど絶対的なことではなくて
常に覆る可能性を秘めている。

例えば日本の伝統的な家屋の縁側や土間等は
「内とも外ともとれるような中間的領域である」などと
よく言われるように。

しかし、この建築展でインスタレーションを行った
現在注目を集めている二人の若手建築家は、
もっと根本的なところから建築空間を幾何学のレベルで
組み立てなおし、新しい可能性を追求している、らしい。

例えば、一枚の鉄板をグニャグニャに折り曲げることで
連続した面が床にも壁にも天井にも変化する・・・とか
例えば、建築と家具の境界を曖昧にする・・・などなど

20060904215831.jpg

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今回の展示で興味深かった藤本氏の「Kハウス」には
明確に区切られた「部屋」というものがない。

本人は「洞窟のような」とか「小さなジャングルのような家」
と表現しているが、個人的には人間の体内構造を
思い出してしまった。

忘れがちだが、人間は口から肛門まで繋がった空洞(腔)を
身体の中心に持っている(=身体とは穴の開いた筒である)
途中で「喉」や「胃」や「腸」となどと名づけられている
小部屋のような空間が続いているが、考えようによっては
それらは外と繋がった一本の空洞である。
つまり、人間は身体の内側に外側を抱えているのだ

同様に「Kハウス」にも複数の出入り口があり、
その間を迷路のように空間がボリュームを変化させながら連続していて
部屋らしきものを生み出しているがその境界はきわめて曖昧である。

そこで発見できるのは、明確に仕切られていなくても
どこだって部屋になり得るということ、あるいは
部屋などという既成概念を捨てればどこでも
生活空間としての可能性は広がっていく、ということだ。

そしてすべての空間は出入り口とつながっているから
すべては「内」でもあり「外」でもある、ということになる。

20060904215929.jpg 20060904220149.jpg

20060904220200.jpg 20060904220209.jpg


この不思議な「内と外」の可変(反転)関係は
次の時代の新しいパラダイムのベースになるんじゃないか、
と以前から個人的には思ってきた。

キーになるのは、物理的な空間の「内-外」だけじゃなく、
人間の精神や心理的な面も含めての「内-外」関係だ。
(というか物理空間の「内-外」関係には心理的な要素が
大きく関係しているのだけれど)

例えば、ある心理学の考え方では
「わたし」という心の在り処は、身体の内側(脳や胸のうち)
だけではなく、外の環境にまで広がって存在する、とか

例えば、宗教儀式などのトランス(陶酔現象)では
自己と世界を認識する知覚のレベル(閾)が変化する、とか

こうした認識レベルの「内-外」関係は、きっと
物理的な空間の「内-外」関係とどこかで深くリンクしている、はず。
だから両面から考えないと本当の可能性は見えてこない。
そんな風に感じている(でも難しすぎて泣きそうになる)

20060904215917.jpg


多分僕たちは思っている以上に輪郭や境界が不明確で
曖昧なわけのわからない存在なのだろう。

そしてこの可変的(揺らいでいる)ということが
無限の自由と自己中心感喪失の限りない不安という
まさに天国と地獄の背中合わせ状態を作り出す。

どっちがいいか、ではなく、どっちもな時代なのだ、これからは。

だから複雑なことが徹底して嫌われる風潮に合わせて
一方だけしか語らない人はあんまり信用しない方がいい
と思う今日この頃である・・・(関係ないか)

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