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重力と精神(スュレイマニエ・ジャーミィ)

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2006-12-06 Wed 00:50:30
  • 建築
イスタンブール
スュレイマニエ・ジャーミィ

カタールで開催されているアジア大会の開会式をテレビで見ていて
人口が70万人程度しかいないと知った。
なのにこの開会式にはオリンピック開会式と同じぐらいの予算が
投下されたと言う・・・どんだけ金もってんねん産油国は・・・


20061206002352.jpg


重力と精神

前回述べた天才建築家のミマール・スィナンが生み出しだ技法とは、
そしてそこに感じたガウディ建築との共通点とは何か?

それは一言でいってしまえば、
「重力から精神を開放する構造美の創造」です。

オスマントルコ時代、建築家たちが目標としていたのは、
数百年も前に造られたイスタンブールのアヤソフィア(次回紹介予定)で、
その大ドームが作り出す内部空間は彼らの夢であると言っても
過言ではありませんでした。大ドームを支えることが
当時の建築技術では極めて困難だったからです。

スィナンもまたアヤソフィアを超える大ドーム空間を造り出すことに
生涯をかけて挑戦し続けたのですが、その過程で生まれたのが、
中央の大ドームの圧力をその下にある半円の小ドームアーチに
次々に分散させ、ドームをピラミッド状に組み合わせるという技法でした。

このスュレイマニエ・ジャーミィ(モスク)は訪れる観光客は多くはありませんが、
その技法が美しい建築デザインとして昇華された記念碑的なモスクです。

20061206002407.jpg

礼拝堂は70m×61mの長方形で、高さ約47m、直径約26mの大ドームを中心にして、
東西に二つのセミ(半円)ドームが組み合わされ、さらに小ドームやアーチで
取り囲むことで巨大なドームのピラミッド状建築が出現しています。

内部空間もまた中心の大ドームから半円ドームやアーチ群が
規則的に連続していく様は、機能美という言葉を超えて神々しいほどで、
見るものに(たとえ信者でなくとも)深い安心感と至福感をもたらします。

20061206002425.jpg 20061206002436.jpg

20061206002446.jpg 20061206002513.jpg

僕がガウディとの共通点を感じたのはまさにこの点においてでした。

ガウディもまた重力に屈することのない屈強な直線でなく、
重力を吸収する緩やかな二次曲線を使おうとした建築家でした。

「フニクラ(逆さ吊り)の実験」として有名ですが、
両端を留められた幾本もの紐に重りを吊り下げ、その紐が描く曲線軌道から
条件を変えながら重力を制御する形態を検証していったのです。

彼はこの実験を10年余りも繰り返し、試行錯誤の果てに
最も美しく、合理的な究極の形を掴み出そうとしたのですね。

そしてその結果、未完成のコロニアグエルやサグラダファミリア
といった画期的な建築が生まれることとなりました。

20061206002825.jpg
コロニアグエル教会堂

スィナンとガウディが同じ方法論を用いたと主張したいわけではありません。

そうではなく、大空間建築における重力という難問を解決する新しい構造力学的な
アプローチを編み出し、さらにその構造が、芸術的とも言える完成された造形美にまで
高められたという点において、共通していると思うのです。

そして僕はこの思いつきから
さらにひとつの仮説に思い至りました。

それは
「強大な重力をスムーズに分散・安定させる曲面構造体の可視化は
人間の精神に根源的な安心感や至福感を生じさせる」というものです。

想像してみれば、人類はその歴史の大部分を人工物ではなく、
自然の、あるいは自然を利用した空間で生活してきました。
洞窟や木の上や穴、窪みなどですね。

そこは自然や外的から身を守るということが第一義だったでしょうが、
同時にその空間が安定的に確保されるか、ということもまた
生死に関わる問題として重要視されたと思うのです。

地震や強風などによって崩れるのか、耐えうるのか、
その構造や形態と安全の相関性が長い年月の経験値として
人類の感覚や本能に刻み込まれているのではないか?

そしてスィナンやガウディが考案した構造体は、身を守るものとして
その感覚や本能を呼び起こすように作用するのではないか?
さらにその空間感覚が宗教心(神の庇護感覚)とも結びついたのではないか?

逆に言えば、重力を処理する構造が隠れている(不可視の)空間や、
本能にインプットされていない先端技術素材で支えられている空間に対して、
人は無意識に不安感やストレスを感じているという可能性もあるのではないか?

一例を挙げれば、今人気の超高層マンションで暮らすには、
免震・耐震などといった仕組みも知らない、確認もできない
最先端の技術を盲目的(=宗教的)に信じるしかないのですね。

自分が海外旅行へ行く時は、飛行機が落ちないと信じているように。

20061206003026.jpg


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