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岩づくしの風景(カッパドギア)

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2006-12-09 Sat 21:09:11
  • 聖地
トルコ
カッパドギア・ギヨメレ村

ドーハ・アジア大会でのサッカー、対北朝鮮戦での敗戦は
とてももどかしく、悔しかったが、代理戦争のような雰囲気に
ならなかったのはよかった。こうゆう日本人の緩みかたというのは
もしからしたら世界にとっても貢献できる特性かもしれない・・・


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岩づくしの風景

奇岩が連なる不思議な風景で有名なカッパドギアですが、
当初は行程の中に組み込むかどうか迷っていました。

岩好きとはいえ、それらは聖跡ではないだろうし、まあちょっと
変わった形の岩が変わった風景を作り出しているのだろう、程度に
思っていたからです。

でも知人の薦めがあったのと、洞窟ホテルに泊まってみたいこともあって、
行ってみることにしました(洞窟ホテルは後日紹介します!)

カッパドギアは地理的にはアナトリア高原と呼ばれるトルコの中央あたりに
位置するのですが、火山灰と溶岩が積み重なり、風化や浸食によって
形成された独特の風土感覚は、初めて体験する種類もので、
やはり来てよかったと思いました。

20061209203903.jpg

20061209203915.jpg


イスタンブールから移動してきて次の日の朝、朝食まで時間があったので
ちょっと散歩に出かけてみることにしました。

ギヨメレ村は標高の高いところに位置していて、村にいながらにして
カッパドギアの独特かつ雄大な風景が楽しめるのですが、
泊まっているホテルの背後に続く丘を登り、さらに高い所から
その風景を一望してみることにしました。

この地方では朝晩には0℃ぐらいにまで冷え込むのですが、
太陽の光が強烈で直接日光を浴びると暑いぐらいです。

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空気が澄んでいるからなのか分かりませんが、イスタンブールでも感じた以上に
ここではより一層、太陽と地上の間には何ら遮る物がなく、ダイレクトに
光が身体に突き刺さってくるような強烈さがあります。11月でよかった。。。

そして丘を登るにつれて、大地の裂け目や襞がおりなす雄大な風景が
その姿をあらわにしていきます。
自分以外の人間や動物の姿はなく、静寂の中でだんだん荒くなる
自分の息遣いだけが聞こえている。

丘(山?)の頂上の突端に立ち、眼下の風景を眺めました。

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20061209204302.jpg

不思議な感覚でした。

世界は太陽と空と岩の大地だけで成り立っていて、
自分はおまけのような存在に思えてきます。
ぽつんと立ち枯れた葡萄の木や、地表でたくましく生きる低潅木たちも
自分と同じおまけにすぎない。そんな気にさせられます。

20061209204751.jpg

20061209210616.jpg

おまけというのは「いなくてもいい、いなくても影響がない」
ということですね。

だけど、古代から人々はここで暮らしてきました。
岩をくり抜き、住処としてきました。
人間はこんな岩だらけの世界でも生きていける。

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20061209204731.jpg

雄大な風景に感動しながら、自分には無理だと思いました。

帰り道、なぜここで生きるのは無理だと思ったのか考えてみたのですが、
結論は「森がない」ということでした。

日本で森の中に住んでいるわけではありません。
大阪の都心暮らしなので近くに森林はありません。
でも、1時間程度で森の中に入ることは可能です。
実際、聖地を求めて森へ入ることも珍しくないですし。

それに訪れなくても、高い所に上れば箕面や生駒や六甲の
山々が見えます。

この山や森に囲まれている(アクセスできる)という感覚が
自分の生きる場にとって極めて重要だということに気づかされました。

そして、岩の世界と森の世界とでは情報量(意味量)が
まったく違うということも感じました。

複雑怪奇な形態の岩々がいかに広大な大地を構成していても、
小さな森ひとつがもつ多様性さ豊穣さ(意味・情報の多さ)の
足元にも及ばないでしょう(メガバイトとテラバイトぐらいのケタ違い?)

この感覚の違いが一神教と多神教の違いの背景のひとつと
なっているのでしょうか?

多神教では、把握しきれない多様性の神秘に身を添わせ、
一神教では、世界を貫くひとつの原理に身を委ねる
というような、

新しい探求課題がひとつ増えました・・・。
 
20061209204743.jpg


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