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雑感:陶酔文化としての中世

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2006-12-27 Wed 18:13:09
  • 都市空間
トルコ・アナトリア地方
ルーム・セルジューク朝

年内にあと何回更新できるか・・・
1回はぜったい更新します!


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雑感:陶酔文化としての中世

ルームセルジューク朝はアナトリア地方を支配下に治めてからも
積極的にビザンチン帝国の領土へ攻め入ったようですが、
結局コンスタンチノープル(イスタンブール)を陥落できませんでした。

ですから、オスマン帝国以降のトルコとは領土的にも同一視できない
とは思いますが、大きな流れとしてセルジューク朝は
ヨーロッパ中世にゴシックが生まれたように、
トルコ中世の産物だったのではないか、と思います。

中世とは何ぞや?という厳密な話になるとお手上げですが、
大まかには、原始・古代の原始宗教や自然信仰の時代と、
近世・近代の技術の進歩や理性の目覚めの時代、
その二つに挟まれた時代。
あるいは両者が未分化なまま、渾然一体と入り混じりあっていた端境期、
そんなイメージです。

実際、コンヤの街に残っているセルジューク朝の遺産、建築物や
美術品などを観ていると「中世ヨーロッパのゴシックになんとなく
通じるものがある」ような気がします。

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ヨーロッパでは11世紀半ば頃から、農地の大開墾運動が広まり、
古くからの自然信仰や地母神崇拝を持つ人々が各地から集まり、
森を開拓し、農地を拡大し、街(都市)を築いていきました。

その過程において故郷から離れ集まってきたてきた人々は
新しい共生原理を必要としたのですが、その役目を担ったのが
キリスト教であり、キリスト教を象徴・啓蒙するゴシック
(大聖堂)だったのですね。

でもそれぞれの土地や風土と結びついた信仰がスムーズに
キリスト教へと差し替えられたわけではなかったようです。

例えば、地母神信仰の代わりとしてのマリア信仰や、
原始宗教の供儀(生贄)の再現としての教会のミサetc.

そこでは高尚な神の愛を説くイエスキリストの教えなんかよりも、
現世利益に直結する奇跡やエクスタシーを伴う熱狂や陶酔を
人々は求めたし、教会側もそうした民衆に妥協しつつ、
また逆に森の民の古い風習や習慣をうまく取り込む形で徐々に
キリスト教を浸透させていったようです。

ですから、ゴシックは壮麗である一方で、深い森を思わせる
不気味さやグロテスクでモンスターチックなイメージも散りばめられています。

前々回紹介した、コンヤのインジェ・ミナーレ博物館では
ゴシックと同じようなグロテスクさや不気味さを感じました。
(ただし森のイメージとは異なります)

また周辺で発掘された出土品には、神聖幾何学を思わせるような抽象柄から
生々しい天使像や神話的な怪物、神獣のモチーフなどが数多く見られます。

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あるいはイスタンブールに戻ってから訪れたトルコ・イスラム美術館でも、
人間の意識が動物と同化、一体化しているかのようなセルジューク朝の
工芸品に目を奪われました。
(まるで神聖視された動物や神人をモチーフにした縄文土器のようです)

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セルジューク朝の人々が残したものからは、こうした神や動物の世界と
渾然一体になっていた精神性が窺える気がするのですが、
彼らは決して未開の遅れた民だったわけではありません。

極めて高い技術や合理的思考に裏打ちされた高度な文明・文化を
一方で築いていたのですから。

そういった両義的な時代や文化にたまらなく惹かれてしまうのは
なぜなのか、自分でもよくわかりません。

でもホント興味は尽きないですね。

※ゴシックについては「ゴシックとは何か」(酒井健・ちくま学芸文庫)
を参考にしました。


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