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聖性と怪物(バルセロナ大聖堂)

  • Posted by: 藤田祐一
  • 2006-03-22 Wed 21:01:52
  • 聖地
バルセロナ大聖堂
CATEDRAL(カテドラル)

20060322204729.jpg


「これはキリスト教の名を借りた怪物だ・・・」
はじめて観るゴシック様式の大聖堂は、壮麗さや豪華さや精巧さだけで
は語れない凄みを湛えたものでした。

その過剰とも思える装飾・形態群に眩暈を覚えながら、
まるで自分が巨大な怪物の体内にいて、その内臓や骨格
を見上げているような幻覚に捉われたのです。

20060322204756.jpg


ミサが始まり、信者と一緒にこの空間にたたずんでいると
確かに安からで大いなるものに守られているような落ち着いた気分がしてきます。
しかし、そんな気持ちで空間を見上げてみてもやはり疑問が沸いてきます。

なぜここまで装飾的な空間に創り込む必要があったのだろうか?

20060322204806.jpg


もしかしたら、この生々しさやグロテスクともいえるような空間を
生み出した背景には人間の強大な欲望が渦巻いているのではないだろうか?

もちろん神への信仰や愛がこの建築を創り上げたことは間違いないでしょう。
でも、実はその信仰や神への愛の奥にもっと原始的な欲望のうねりが
渦巻いているのではないか?そんな気がしたのです。

最初の印象のように自分が怪物の体内にいるとしたら、
それは食べられて消化されている状態と言うこともできますね。

人間を超えた存在に食われるというイメージは、日常の殻や自我が
怪物の胃液の中で溶けていき、流動的な非日常へ超え出て行くような、
エクスタシーや快感を伴う体験へと繋がるのではないだろうか。

そういった一種のトランス状態を追い求める人間の欲望がキリスト教と
いうきっかけ(モチーフ)をもとに、長い時間をかけてこのような濃密な
空間を熟成させていったのではないかと思ったのです。
同じようなことをバリの過剰な装飾文化にも感じます。

20060322204818.jpg


それからもうひとつ、根拠はないのですが映画の『エイリアン』を
デザインしたH・G・ギーガーの独特のイメージや世界観の源泉には、
このゴシック建築があるのではないかと思いました。

20060322204744.jpg




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